元プロボクサーが見た
山の世界に残る人間関係と掟
大阪から山奥に移住した元プロボクサー・津田修吾。2024年に狩猟免許を取得し、独学でくくり罠を覚えた。2025年4月には初めて鹿を捕獲。自分の手で命を奪い、初めて解体して食べ切った。その後も山に通い続け、初年度の正式な有害鳥獣捕獲報告は64頭。ところが2年目、捕獲数が増えた頃から地元猟友会の理事との関係に変化が生まれ始めた。
鹿を捕れるようになった。
独学で罠猟を始めた俺にとって、それは大きな成長だった。
最初の頃は、獣道を見つけることさえ難しかった。
何度も山へ通い、何度も失敗した。
それでも諦めずに続けてきた。
そして2026年。俺は前年よりも鹿を捕れるようになっていた。
有害鳥獣捕獲なのだから、鹿を捕ることは地域の獣害対策につながる。
少なくとも、俺はそう考えていた。
ところが、ある日。
地元猟友会の地区理事から、思いもよらない言葉を浴びせられた。
「あんたがそこら中で取るから、
鹿を見かけん!」
俺は、その言葉を聞いて戸惑った。
鹿を捕るのが仕事ではないのか。
鹿を減らすために活動しているのではないのか。
なぜ、捕れるようになったことが問題になるのだろう。
このときから、俺は山にあるもう一つの世界を知ることになる。
鹿の縄張りではない。人間が決めた「縄張り」だ。
鹿を捕れるようになった俺に、理事の態度が変わり始めた
初年度64頭。2年目はさらに捕獲数が増えた
2025年4月、俺は有害鳥獣捕獲の活動を始めた。
最初の月に捕れた鹿は、わずか1頭。
それが人生で初めて捕った鹿だった。
自分で命を奪い、初めて解体し、肉を食べた。
あのとき感じた何とも言えない感覚は、今も忘れていない。
それから山へ通い続けた。
少しずつ鹿の動きがわかるようになり、捕獲できる数も増えていった。
初年度の正式な捕獲報告は64頭。
そして2年目の2026年。
4月、5月は肘の手術による休養もあり、それぞれ10〜15頭ほどの捕獲だった。
しかし6月には36頭を捕獲した。
俺にとっては、努力が結果につながっている実感があった。
もちろん、捕獲数だけが猟師の価値を決めるわけではない。
安全に活動することも、捕獲した命を適切に扱うことも大切だ。
それでも、鹿の被害に困っている地域で、実際に鹿を捕れるようになったことは素直に嬉しかった。
これからも経験を積み、もっと地域の役に立ちたい。
俺はそう思っていた。
「あんたがそこら中で取るから鹿を見かけん!」
ところが、地元の地区理事からは違う反応が返ってきた。
「あんたがそこら中で取るから鹿を見かけん!」
その言葉を聞いたとき、俺は何とも言えない気持ちになった。
捕獲数が増えたことを自慢したかったわけではない。
誰かと競争していたわけでもない。
鹿を捕って生活する、ただ、それだけだった。
もちろん、理事にも理事の事情があったのかもしれない。
長年その地域で活動し、箱罠を設置し、地元の人たちとの関係を築いてきたのだろう。
だから、俺が活動範囲を広げることに不安や不満があった可能性はある。
だが、そのときの俺には、何が問題なのか具体的にわからなかった。
そして話は、捕獲数だけでは終わらなかった。
「わしの箱罠の近くで罠を掛けるな!」
どこに箱罠があるのか、俺は知らなかった
地区理事は、銃猟のほかに箱罠も使っていた。
俺が聞いていた限りでは、十基ほどの箱罠を設置しているという。
一方、俺が使っているのはくくり罠だった。
同じ山で複数の猟師が活動する以上、互いの罠や捕獲場所への配慮が必要なのは理解している。
他人の箱罠のすぐ近くに、何も考えずにくくり罠を仕掛ければ、トラブルの原因にもなるだろう。
俺も、そんなことは望んでいなかった。
ところが、理事からこう言われた。
俺は、その言葉自体に反対したかったわけではない。
問題は、箱罠の場所をすべて把握していなかったことだ。
山は広い。
道から見える場所ばかりではない。
自分が歩いている山のどこに、誰の箱罠があるのか。
知らされていなければ、避けようにも避けられない。
だから俺は、地図で確認しようと考えた。
揉めないために、俺は地図を持っていった
俺が知りたかったのは、単純なことだった。
箱罠はどこにあるのか。
どこを避ければいいのか。
自分はどの範囲で活動してよいのか。
それを具体的に教えてもらえれば、余計な衝突を避けられる。
そう考え、地図を持って地区理事のもとへ行った。
口頭で「あの辺り」「こっち側」と言われても、山の境界はわかりにくい。
地図に線を引いてもらえれば、誰が見てもわかる。
俺は、そんな当たり前のことをお願いしているつもりだった。
だが、問題は箱罠の場所だけではなかった。
話を聞いていくうちに、理事が考えている活動範囲には、昔からの地区の区分が関係していることがわかってきた。
令和の山に残る「縄張り」という見えない境界線
かつて4つに分かれていた猟友会の地区
俺が暮らす地域では、以前、猟友会が複数の地区に分かれていたという。
昔は4つの支部に分かれていたが、現在は組織が統合されている。
俺は、狩猟を始めたばかりの人間だ。
昔の支部がどこからどこまでを担当していたのか。
どんな取り決めがあったのか。
そんなことまで、最初から知っているはずがない。
ましてや、統合前の区分が現在の活動にどう適用されるのかは、説明してもらわなければわからない。
だが、理事の話では、昔の地区分けが今も活動範囲を考える基準になっているようだった。
俺は、そこで初めて戸惑った。
組織が一つになっても、山の中には昔の境界が残っているのか。
その境界は、誰が管理しているのか。
そして、新しく猟友会に入った人間は、どうやって知ればいいのか。
「お前が罠を掛けていいのは、この地区だけ」
理事からは、俺が活動できるのは基本的に自分の住む地区だという趣旨の説明を受けた。
別の地区については、特定の獣害対策場所を除いて罠を掛けてはいけないとも言われた。
その地区には、鹿や猪による被害に困っている住民もいる。
俺は、猟師が少ない場所でも協力できればと思っていた。
もちろん、地域の事情を無視して勝手に活動したいわけではない。
必要な許可や安全上の調整があるなら、それに従うつもりだった。
だが、どの地区がどこまでなのか。
特定の場所だけ例外になる理由は何なのか。
俺には、十分に理解できなかった。
だからこそ、地図で確認したかった。
「そこはダメ」と言われても、
「そこ」がどこなのかわからない。
その境界線は、誰が決めたのか?
ここで、一つ整理しておきたい。
狩猟には法律がある。
有害鳥獣捕獲にも、行政の許可や条件がある。
さらに、猟友会や地域の猟師同士で、安全や活動調整のための取り決めを設けている場合もある。
これらは、すべて同じものではない。
俺が知りたかったのは、理事から説明された縄張りが、何に基づくものなのかということだった。
法令なのか。
行政の許可条件なのか。
猟友会の規約なのか。
それとも、昔から続く地域の慣習なのか。
どれに当たるのかによって、確認すべきことも変わってくる。
しかし、当時の俺は、その根拠となる文書を確認できていなかった。
俺は、地域ごとの活動調整や安全のための取り決めが不要だと言っているわけではない。問題にしているのは、俺に対して示された制限について、その具体的な範囲や根拠を確認できなかったことだ。規約が存在しない、あるいは違法だと断定するつもりはない。
地図を4回持っていった。それでも境界は教えてもらえなかった
「ここからここまで」と線を引いてほしかった
俺は、地区理事のところへ地図を持っていった。
一度ではない。
二度でもない。
合計4回、地図を持参して確認をお願いした。
どこまでが自分の活動できる地区なのか。
どこからが別の地区になるのか。
箱罠の位置や、避けるべき場所はどこなのか。
その場で地図に印をつけてもらえれば、俺も間違えずに済む。
たとえば一本の線を引いてもらうだけでも、話はずいぶん違ったはずだ。
しかし、俺が求めた形で境界を示してもらうことはできなかった。
俺には、それが不思議で仕方なかった。
活動する場所を制限するなら、その範囲を教えてくれればいい。
それだけのことではないのか。
俺は相手を言い負かしたかったわけでも、昔の慣習をすべて否定したかったわけでもない。
ただ、揉めずに狩猟を続けたかった。
「自分で調べろ!」と言われた俺の疑問
何度目かの確認で、理事から言われた言葉がある。
「自分で調べろ!」
俺は、その言葉を聞いて考えた。
何を調べればいいのだろう。
昔の支部の境界が書かれた地図なのか。
猟友会の規約なのか。
それとも、地域の人しか知らない昔からの取り決めなのか。
もし資料があるなら、見せてもらいたかった。
もし規約があるなら、確認したかった。
それを守るために、俺は地図を持ってきたのだから。
だが、少なくともこの時点では、俺が求める具体的な説明は得られなかった。
新しく猟友会に入った人間が、自分で調べようとしても、その情報がどこにあるのかわからない。
それでは、どうすればいいのか。
俺はルールを破りたいわけじゃない
俺は、何でも自分の好きなようにやりたいと言っているわけではない。
山には山の危険がある。
罠を仕掛ける以上、ほかの猟師や地域住民への配慮は欠かせない。
長年活動してきた先輩たちが持っている知識も、尊重すべきだと思っている。
だからこそ、ルールを教えてほしかった。
守るべき範囲があるなら、地図で示してほしい。
守るべき規約があるなら、文書で確認させてほしい。
それだけだった。
俺は、ルールを守らないんじゃない。
守るべきルールを、
具体的に教えてほしいだけだ。
それなのに、話はなかなか進まなかった。
この頃から俺は、罠猟の技術とは別の難しさを感じ始めていた。
鹿の動きは、山を歩けば少しずつわかる。
しかし、人間同士の決まりは、歩いただけでは見つからない。
鹿に縄張りはない。でも、人間には縄張りがある
鹿は昔の地区境界を知らない
鹿は、人間が決めた地区の境界を意識して行動しているわけではない。
山を越え、谷を渡り、餌のある場所へ移動する。
農作物があれば、人の暮らす場所にも現れる。
俺たちが昔の地区名で山を分けたとしても、鹿の行動までその線に沿うわけではない。
だからといって、猟師がどこでも自由に活動していいという話ではない。
安全管理や許可条件、土地の管理者との調整は必要だ。
ただ、獣害対策を考えるなら、野生動物の動きと人間側の活動体制の両方を見なければならないと思う。
俺は、そう感じていた。
獣害に困っている住民のために活動したかった
俺が活動範囲を広げたいと思ったのは、鹿をたくさん捕って自慢したかったからではない。
猟師が少ない地域で、鹿や猪の被害に困っている人たちがいたからだ。
自分が身につけた技術で、少しでも力になれるかもしれない。
そんな思いがあった。
もちろん、地域ごとに事情があることもわかっている。
長年活動している猟師の存在もある。
地域住民との関係も大切だ。
だから俺は、相談しながら進めてきたつもりだった。
だが、昔からの縄張りが理由で活動を制限されるなら、その内容を明確にしてほしい。
そうでなければ、協力したくても動けない。
それが、俺の率直な気持ちだった。
猟友会の決まりは、誰のためにあるのか?
猟友会には、地域の猟師同士をつなぐ役割がある。
安全に活動するための情報共有も必要だ。
新人にとっては、経験豊富な先輩から学べることも多い。
俺自身、狩猟を始めてから助けてもらったことがある。
だから、猟友会そのものを否定したいわけではない。
ただ、決まりがあるなら、誰にでもわかる形にしてほしいと思う。
新人だから知らない。
昔からいる人だけが知っている。
人によって説明が違う。
そんな状態では、余計な誤解や衝突が生まれてしまう。
そして、その影響を受けるのは猟師だけではない。
鹿や猪の被害に困っている地域の人たちもいる。
俺は、そこが気になっていた。
狩猟や有害鳥獣捕獲では、法令・許可条件・安全上の調整など、複数のルールが関係する。本記事でいう「縄張り」は、俺が地元の関係者から説明された活動区域の取り決めを指している。全国の猟友会に同じ仕組みがあるという意味ではなく、その取り決めの法的な効力を判断するものでもない。
まとめ|俺が知りたかったのは、たった一本の境界線だった
俺は、狩猟免許を取ってから独学で罠猟を覚えた。
最初の鹿を捕ったときには、命を奪うことの重さを知った。
それから山に通い続け、初年度の正式な捕獲報告は64頭になった。
2年目には、さらに鹿を捕れるようになった。
自分なりに努力してきた結果だった。
しかし、捕獲数が増えた頃から、地区理事との関係が変わり始めた。
「そこら中で取るから鹿を見かけん」
「箱罠の近くで罠を掛けるな」
そして、昔からの地区の縄張り。
俺は、何度も地図を持って確認しようとした。
合計4回。
それでも、具体的な境界線を示してもらうことはできなかった。
俺は、昔からの取り決めを頭ごなしに否定したかったわけではない。
むしろ、守るために知りたかった。
その思いが伝わらないことが、もどかしかった。
鹿の通り道は、
山を歩けば見つけられる。
だが、人間が決めた境界線は、
地図を持っていっても
見つからなかった。
そして、この問題は、ただの縄張りの話では終わらなかった。
やがて俺は、地区理事から、もっと気になる言葉を聞くことになる。
有害鳥獣捕獲の報告書に必要な、あの「ハンコ」のことだった。
第4話|「ハンコを押さないぞ!」
山の縄張りをめぐる話し合いは、
思いもよらない方向へ進んでいった。
有害鳥獣捕獲の報告書。
そこに必要な理事の押印。
「言うことを聞かないなら、ハンコを押さないぞ!」
その言葉を聞いた俺は、
市役所へ相談することを決めた。
―― 続く。
猟友会の光と影|これまでの物語
第1話|元プロボクサーが猟師になった理由
大阪での生活から山奥へ。古民家を購入し、猟師として新しい人生を始めた理由。
https://leather-workshop.jp/Hunting_club/20261013192835/
第2話|誰も教えてくれなかった罠猟
独学でくくり罠を覚え、初めて鹿を捕獲。命を奪い、自ら解体して食べた日の記録。
https://leather-workshop.jp/Hunting_club/20261015205723/
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本記事は、著者自身の経験と記憶に基づく実録コラムです。会話は当時の記憶をもとに再現しており、関係者のプライバシーに配慮して一部の個人名・地区名を伏せています。出来事の受け止め方には著者自身の見解が含まれます。本記事は特定の猟友会全体を批判するものではありません。