REAL HUNTING STORY
猟友会の光と影

元プロボクサーが山で見た
狩猟の世界の現実
第2話|誰も教えてくれなかった罠猟
前回までのあらすじ

元プロボクサーで現役アームレスラーの津田修吾。大阪でのビジネス生活から山奥へ移住し、2024年に狩猟免許を取得した。きっかけは「自分で鹿を捕って食べてみたい」という単純な興味。しかし、免許を取得した先には、想像していなかった世界が待っていた。

狩猟免許を取った。

これで、俺も猟師としての第一歩を踏み出せる。

そう思っていた。

だが、免許を取得してすぐに気づいたことがある。

免許を持っていることと、
鹿を捕れることは、
まったく別の話だった。

罠を仕掛ける場所は、どうやって見つけるのか。

鹿が通る道は、どうやって判断するのか。

捕獲した後は、どうすればいいのか。

わからないことだらけだった。

そして何より、俺には狩猟を教えてくれる師匠がいなかった。

今回は、そんな俺が独学で罠猟を覚え、少しずつ鹿を捕れるようになるまでの話を書こうと思う。

猟友会に入れば、狩猟を教えてもらえると思っていた

2024年に狩猟免許を取得した俺は、地元の猟友会へ連絡した。

狩猟を始めるなら、まずは地域で活動している猟師とつながる必要があると思ったからだ。

すると、地元の猟友会役員が二人、家まで来てくれた。

初めて会う、地元の猟師たちだった。

俺は、狩猟の世界についてほとんど何も知らなかった。

どんな山で猟をするのか。

どこで鹿を捕っているのか。

どうやって地域の人と関わっていけばいいのか。

そんなことを聞ける相手ができたのは、ありがたかった。

そのうちの一人は、地元で長く活動している地区理事だった。

銃猟を行い、箱罠も複数設置している経験豊富な猟師だと聞いた。

俺にとっては、山のことを知っている先輩だった。

この時点では、その理事と後に大きな言い争いをすることになるとは、想像もしていなかった。

箱罠とくくり罠は、同じ罠猟でも違う

俺が取り組もうとしていたのは、くくり罠だった。

一方、地区理事が使っていたのは、主に箱罠だった。

どちらも野生動物を捕獲するための罠だが、仕組みも設置場所の考え方も違う。

箱罠は、箱状の装置の中に動物を誘い込んで捕獲する。

くくり罠は、動物が通る場所に仕掛け、作動すると脚などをワイヤーで拘束する。

同じ鹿を捕るにしても、必要な知識や経験は同じではない。

地区理事には狩猟の経験があった。

だが、俺が取り組むくくり罠について、手取り足取り教えてもらえる状況ではなかった。

結局、くくり罠の技術は自分で覚えていくことになった。

誰も教えてくれないなら、自分で覚えるしかない

俺は昔から、何かを始めるときに、誰かがすべてを教えてくれるとは思っていない。

ボクシングでもそうだった。

リングに立って、実際に殴られて、初めてわかることがある。

ビジネスでも同じだ。

人の話を聞いただけでは、商売の難しさはわからない。

自分でやってみて、失敗して、ようやく理解できることがある。

罠猟も、そういう世界なのだと思った。

だから俺は、自分で山を歩くことにした。

鹿の足跡を見つけても、鹿は捕れない

山には、いろいろな動物の痕跡が残っている。

地面についた足跡。

動物が通ったように見える細い道。

草が倒れている場所。

最初は、そんなものを見つけるだけでも面白かった。

だが、鹿の足跡を見つけたからといって、そこに罠を仕掛ければ必ず捕れるわけではない。

昨日通った場所を、今日も通るとは限らない。

同じ山でも、鹿の動きは一定ではない。

俺は何度も山を歩き、何度も考えた。

何が違うのか。

どこを見落としているのか。

そうやって、自分なりに経験を積み重ねていった。

罠を仕掛けるよりも、
鹿の動きを理解することの方が難しい。

これは、罠猟を始めてから感じたことの一つだ。

道具だけそろえても、鹿は捕れない。

山を知ること。

動物を知ること。

その積み重ねが必要だった。

山に通い続ける。結果が出なくてもやめなかった

最初から順調に鹿が捕れたわけではない。

むしろ、思うようにいかないことの方が多かった。

山へ行く。

罠を確認する。

何も掛かっていない。

そんな日もあった。

だが、俺はそれを無駄だとは思わなかった。

鹿が捕れなかったとしても、山を歩けば何かがわかる。

昨日は気づかなかった獣道が見つかる。

動物の動きについて、新しい発見がある。

そういう小さな積み重ねが、後になって生きてくる。

元ボクサーの性格が、罠猟にも出た

俺は、一度やると決めたことには徹底的に取り組む性格だ。

ボクシングでは、練習したからといって、すぐに強くなるわけではない。

何度も同じ動きを繰り返し、少しずつ身体に覚え込ませる。

罠猟でも、その感覚に近いものがあった。

昨日より、少しでも山を理解したい。

前回より、少しでも結果を出したい。

そんな気持ちで続けていた。

もちろん、ボクシングと狩猟はまったく違う。

リングで相手にするのは人間だが、山で向き合うのは野生動物だ。

こちらの都合どおりには動いてくれない。

だからこそ、面白かった。

捕れないなら、考える。
わからないなら、調べる。
それでもダメなら、また山へ行く。

2025年4月、有害鳥獣捕獲の活動が始まった

2025年4月、俺は有害鳥獣捕獲の活動に取り組むようになった。

 初めての鹿が罠に掛かった

2025年4月。この月、俺が捕獲した鹿は、たった1頭だった。

だが、その1頭は、今でも忘れられない。

人生で初めて、自分の罠で捕った鹿だったからだ。

罠猟を始めてから、何度も山へ通った。

足跡を探し、獣道を見つけ、試行錯誤を繰り返してきた。

そんな俺の罠に、ついに鹿が掛かった。

目の前には、生きた鹿がいる。

動物園でも、遠くの山道でもない。

手を伸ばせば届きそうな距離に、野生の鹿がいた。

これまで山で鹿を見かけることはあった。

しかし、こんな間近で見るのも、実際に触れるのも初めてだった。

FIRST CAPTURE — APRIL 2025
初めて捕った鹿。
初めて触れた命。
そして、初めて自分の手で奪う命。

初めて、自分の手で命を奪った

鹿を捕獲したからには、その後の処置をしなければならない。

俺はバットで鹿の頭を叩き、止め刺しをした。

自分で罠を仕掛け、自分で捕獲した鹿。

そして、自分の手で、その命を終わらせた。

ボクシングでは、何度も人間を殴ってきた。

リングの上で相手を倒すために、必死で拳を振るってきた。

だが、それとこれは、まったく違った。

リングにはルールがある。

試合が終われば、相手も自分もリングを降りる。

しかし、目の前の鹿は違う。

一度奪った命は、もう戻らない。

捕れたことは、確かに嬉しかった。

何度も失敗し、ようやく結果が出たのだから。

でも、それだけではなかった。

悲しいのか。

怖いのか。

達成感なのか。

それとも、命を奪ったことへの戸惑いなのか。

自分でも、うまく言葉にできなかった。

命を奪う。

その言葉の重さを、
初めて自分の身体で知った気がした。

スーパーで肉を買うとき、こんなことを考えたことがあっただろうか。

パックに入った牛肉や豚肉を見ても、その動物が生きていた瞬間を目にすることはない。

だが、この日は違った。

さっきまで生きていた鹿が、目の前にいる。

俺は、その命を自分の手で奪った。

その現実だけは、はっきりしていた。

命を奪った以上、食べようと思った

鹿を捕った。

命を奪った。

それなら、肉にして食べよう。

俺はそう思った。

そもそも狩猟を始めたきっかけは、自分で鹿を捕って食べてみたいという興味だった。

しかし、いざ自分で命を奪ってみると、最初に考えていた「食べてみたい」という軽い気持ちとは、少し違っていた。

せっかく奪った命を、無駄にしたくなかった。

俺は鹿を川へ運んだ。

そして、人生で初めての解体に取り掛かった。

もちろん、鹿を捌いた経験などない。

どこから手をつければいいのか。

どうやって皮を剥ぐのか。

どこを切れば肉が取れるのか。

何もかもが初めてだった。

見よう見まねで刃物を動かす。

思うように切れない。

きれいに肉を取り出すこともできない。

今思い返しても、無茶苦茶な解体だった。

それでも、途中で投げ出すわけにはいかなかった。

何とか肉を剥ぎ取ろうと、必死だった。

きれいな精肉とは、とても呼べない。

それでも、どうにか食べられる肉を取り出した。

鹿を捕るのも初めて。
命を奪うのも初めて。
解体するのも初めて。

何もかもが、初めてだった。

初めて捕った鹿を、最後まで食べた

そうして手に入れた、初めての鹿肉。

自分で捕り、自分で命を奪い、自分で解体した肉だった。

俺は、その肉を食べた。

そして、食べ切った。

決して、きれいに捌けたわけではない。

今なら、もっと違うやり方ができると思う。

それでも、あのときの俺には、あれが精いっぱいだった。

普段、当たり前のように食べている肉。

その一切れが、自分の手元に届くまでに何が起きているのか。

頭では知っていたつもりだった。

だが、実際に経験するのとは、まるで違った。

俺は鹿を捕ったことが嬉しかった。

同時に、自分が命を奪ったという事実に、何とも言えない感覚が残った。

そして、その鹿を食べ終えた。

食べたからといって、命を奪ったことが消えるわけではない。

でも、少なくとも俺は、自分が捕った鹿から目を背けずに向き合いたかった。

命をいただくということ

初めて捕った鹿のことは、
これから何頭捕っても、
忘れないと思う。

2025年4月の捕獲は、わずか1頭。

数字だけを見れば、たった1頭かもしれない。

だが、俺にとっては、その1頭に大きな意味があった。

この経験があったからこそ、鹿を捕るだけではなく、解体を学び、肉やほかの部位を活用することにも関心が向いていった。

最初は、自分で鹿を捕って食べてみたいだけだった。

しかし、この日から俺の中で、狩猟というものの意味が少し変わった。

鹿を捕ることは、命を奪うこと。

そして、食べることは、その命をいただくこと。

そんな当たり前のことを、俺は初めて本当の意味で考えた。

鹿を捕るだけでは、終わらない

鹿を捕獲すると、次に考えなければならないのは、その命をどう扱うかということだった。

最初の興味は、鹿肉を食べてみたいというものだった。

しかし、実際に鹿を捕るようになると、肉だけでなく、さまざまな部位があることを知った。

捕った命を、できるだけ無駄にしたくない。

そう思うようになった。

やがて、鹿を買い取る処理施設で解体を学ぶ機会にも恵まれた。

解体について学び、鹿の部位を活用した犬用のおやつづくりにも取り組み始めた。

狩猟は、ただ鹿を捕って終わりではない。

捕獲した命をどう活用するのか。

そのことまで考えるようになった。

【これから猟師を目指す人へ】

狩猟免許の取得は、あくまで出発点だ。実際の狩猟や有害鳥獣捕獲には、登録・許可・区域・期間・猟法などの確認が必要になる。また、罠の見回り、捕獲後の対応、周囲の安全確保など、現場で求められる責任も大きい。俺のように独学で始めた経験があっても、安全面まで一人で抱え込むことを勧めるつもりはない。

初年度の正式な捕獲記録は64頭になった

2025年度の有害鳥獣捕獲活動。

最初は、なかなか思うように鹿を捕れなかった。

それでも山へ通い、経験を積み重ねた。

少しずつ捕獲できるようになった。

そして、初年度の正式な捕獲報告は64頭になった。

2025年度・有害鳥獣捕獲の報告記録
64頭
独学から始まった罠猟の一年

この数字が多いのか少ないのかは、地域や捕獲条件によって違うだろう。

だが、俺にとっては大きな結果だった。

何も知らずに免許を取得したところから始まり、自分で山を歩き、自分なりに考えてきた。

その積み重ねが、目に見える数字になった。

俺は素直にうれしかった。

そして、もっと地域の役に立てるのではないかと思うようになった。

鹿の被害に困っている集落があった

山間部には、鹿や猪による被害に困っている集落がある。

一方で、どの集落にも十分な数の猟師がいるわけではない。

俺は、そうした地域でも活動できないかと考えた。

もちろん、何も相談せずに罠を仕掛けに行ったわけではない。

地元の地区理事に話をしながら、活動範囲を広げていった。

地域の人たちとのつながりも、少しずつ増えていった。

鹿の被害に困っている人がいる。

自分には、鹿を捕る技術が少しずつ身についてきた。

だったら、その技術を役立てたい。

俺にとっては、ごく自然な考えだった。

この頃は、猟友会の役員とも揉めていなかった

ここは誤解してほしくない。

俺は最初から、地元の猟友会と対立していたわけではない。

地区理事に相談することもあった。

地域の人たちから協力してもらうこともあった。

鹿の解体を教えてくれる人もいた。

そうした人たちの存在があったから、俺は狩猟を続けられた部分もある。

だから、猟友会に対して感謝していることもある。

少なくとも、最初の一年は大きなトラブルもなく過ぎていった。

俺は、そのまま活動を続けていけると思っていた。

だが、翌年。

その考えは、少しずつ変わっていくことになる。

二年目。鹿を捕る数が増えたとき、空気が変わった

2026年。

俺は前年よりも鹿を捕れるようになっていた。

4月、5月も捕獲を続けた。

そして6月。

この月の捕獲数は36頭になった。

自分としては、山で積み重ねてきた経験が結果につながっていると感じていた。

地域の獣害を減らすために、これからも活動を続けたい。

そう思っていた。

ところが、ある日。

地元の地区理事から、こんなことを言われた。

「あんたがそこら中で取るから、
鹿を見かけん!」

俺は、その言葉の意味を考えた。

鹿を捕ることが、有害鳥獣捕獲の仕事ではないのか。

鹿を捕れるようになったことが、なぜ問題になるのか。

もちろん、他の猟師の罠や活動場所に配慮する必要があることは理解している。

だが、そのときの俺には、何が問題なのかがわからなかった。

やがて、地区理事からは別の言葉も出てくるようになった。

「わしの箱罠の近くで罠を掛けるな!」

箱罠がどこに設置されているのか、俺にはわからない場所もあった。

だから、地図を持って確認しようとした。

どこに箱罠があるのか。

どこなら自分が活動してよいのか。

それを具体的に知りたかった。

俺は、決められたルールを無視したかったわけではない。

守るべきルールがあるなら、教えてほしかった。

だが、話はそれほど簡単ではなかった。

そこで初めて、俺は山の「縄張り」という言葉を意識することになる。

まとめ|罠猟より難しいものが山にはあった

狩猟免許を取得したとき、俺は何も知らなかった。

鹿の通り道も、罠の仕掛け方も、捕獲後のこともわからなかった。

それでも、山を歩き、失敗を重ねながら、少しずつ罠猟を覚えてきた。

初年度の正式な捕獲記録は64頭。

自分なりに努力した結果だった。

そして、地域の人たちの役に立てることに、やりがいも感じていた。

ところが、鹿を捕れるようになるにつれ、別の問題が見えてきた。

それは、罠の技術では解決できない問題だった。

鹿の通り道は、
自分で探せばよかった。

だが、人間が決めた縄張りは、
どこにあるのかさえわからなかった。

俺はまだ、このとき知らなかった。

昔の地区分けが、後になって何度も問題になることを。

そして、その境界を地図で教えてほしいという、ごく普通のお願いが、簡単には受け入れられないことを。

第1話から読む

元プロボクサーが山奥へ移住し、猟師になった理由。連載の始まりはこちら。

猟友会の光と影【第1話】を読む →

著者プロフィール|津田修吾

元プロボクサー・現役アームレスラー。国内外で飲食業など複数の事業を経験。2023年に山間部の古民家を購入し、自ら改修。2024年に狩猟免許を取得し、現在は罠猟による有害鳥獣捕獲、鹿肉の利活用、ジビエ関連事業に取り組む。

運営サイト: 獣道ジビエラボ

本連載について
本記事は著者自身の経験と記憶に基づく実録コラムです。会話は当時の記憶をもとに再現しており、関係者のプライバシーに配慮して一部の地名・個人名を伏せています。出来事の受け止め方には著者自身の見解が含まれます。